ふとした瞬間に、今までの強度が嘘のようにバラバラと心が崩れそうになる。
大きな不安を目の前にすれば、わたしも所詮ただの人なので当然だとは思う。
自覚もなく特に変調もない身体が確実に死へと向かっている。そりゃあ誰でも生きていれば死に向かっているけれど、きっと普通の人とは違う速度でそこに辿り着こうとしているんでしょう。
把握していても全く実感がない。
普通に息をしているだけで、音もなく細胞が死んでゆく。シンプルに恐ろしい。
そんな感情をいつも忘れさせてくれる日常の些細なゆらめき。犬の生きた吐息、元気をくれる音楽、のめり込めるゲーム、大好きな人達の熱や躍動。あっという間に綻びそうになるのを繋ぎ止めてくれるありがたさたるや、感謝してもしきれない程。
それでも一時的な感情に飲まれそうになり死にそうになりながら横たわっているとこれまた天才的なタイミングで連絡をくれる人がいる。
犬におやつをあげる時が1番キラキラしていると思っていたけれど、やっぱり音楽をやっている姿が世界一かっこいいなと最近つくづく思った。感情を公にせずとも犬に向ける眼差しの側にいつもたくさんのやさしさがあり、裏表のない素朴な誠実さで隣にいてくれる。
さりげないあたたかさにいつも助けられている。
完全に惚気すぎているので盲目かもしれないが、この感情はいつまでも忘れないでいたい。悔しいけれど。
こうやって日々を切り取ってみると信じられないくらい『生きること』を意識させられる。
どんなにいろんな事を考えても、当たり前のように廻る地球上で生も死もただの事象でしかなく、それであればせっかくの生をどうやって楽しく進めて行こうか試行錯誤したい。
死に向かっている場合ではない、気が重くてもやるべき事をやり1秒でも長く大切な存在達とのくだらなくて愛しい日々を身体に刻んでゆきたい。
_liiiiil_
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